中学校・高等学校の教師がこだわるプログラミング学習のポイントとは? 〜プログラミング教育実践事例研究会(1)〜

アシアル情報教育研究所では2020年2月23日、2022年からの高等学校プログラミング教育必履修化に向けた「プログラミング教育実践事例研究会」を実施しました。当日は多くの教育関係者の方に参加いただき、充実した研究会を開催することができました。この研究会の様子を3回に分けてレポートしたいと思います。

1回目の本稿では、アシアル情報教育研究所 所長である岡本の開会挨拶と先生方2名の発表をご紹介します。

2020年2月23日に開催した「プログラミング教育実践事例研究会」。場所は富士通クラウドテクノロジーズ株式会社セミナールーム

2020年度版の「Monaca Education」は、iPadOSにも対応!

研究会は、アシアル情報研究所 所長 岡本雄樹の挨拶よりスタートしました。岡本は、2020年度から小学校や中学校で始まるプログラミング教育、また2022年度から高校で始まる「情報I」について、どのような学習内容に変わるのかを簡単に説明した後、弊社の取り組みについても紹介しました。

アシアル情報教育研究所 所長 岡本雄樹

なかでも岡本は、2020年に設立したアシアル情報研究所について言及。今後、本格化するプログラミング教育に向けて、「教材開発や教材研究に力を入れていこうと専門のチームを立ち上げた」と経緯を説明しました。同研究所では、“プログラミングをもっと身近に”をミッションに、誰でも日常にイノベーションを起こせる未来をめざしていきます。

また、学校現場でさらに「Monaca Education」が使いやすくなるよう、2020年度版に新たに追加した機能などついても岡本が紹介しました。iPadOSなどGIGAスクール構想における学習者用端末に対応したこと、また全角、半角の入力ミスが起こりにくい「もなかこみフォント」に対応していることなどを発表。ほかにも、2020年4月にオープンするプログラミング教育のためのサンプルアプリ教材サイト「あんこエデュケーション」も取り上げ、今後もプログラミング教育に貢献していく想いを語りました。

「Monaca Education」2020年度版に追加された新たな機能

2020年4月1日よりオープンするプログラミング教育のためのサンプルアプリ教材サイト「あんこエデュケーション」

中学生が幼稚園児のためにアプリ制作。誰かのために役立つ視点を大切に

ここからは、「Monaca」をプログラミングの授業に活用する教育者の実践発表です。トップバッターは、新潟大学教育学部附属長岡中学校の保坂恵教諭。同教諭は「中学校におけるプログラミング教育の実践事例~附属長岡校園の授業実践~」というタイトルでお話いただきました。

附属長岡校園は、幼稚園、小学校、中学校が併設されておりさまざまな教科で幼稚園児、児童、生徒の交流があるといいます。そうした環境を活かして中学3年生の技術・家庭科技術分野の学習では、“幼児が夢中になるアプリを作ろう”をテーマに「Monaca」を使ったアプリ制作に挑みました。保坂教諭は「技術分野の授業では、自分たちの学んだ技術が、誰かのために役立つという視点が大切であると考えている。幼稚園児が楽しく使うアプリにするためには、学んだ技術をどのように活用していくといいのか、考えることが重要」と授業のねらいを語ってくれました。

新潟大学教育学部附属長岡中学校 保坂恵教諭

中学3年生が幼稚園児のために作ったアプリとは、どのようなものでしょうか。保坂教諭は、実際に生徒たちが作ったクイズアプリや言葉パズルアプリなどを披露してくれました。授業の流れとしては、最初に生徒たちがMonacaのサンプルアプリを試し、その後に保坂教諭がサンプルアプリの構造を説明。どの部分が文字や画像に対応しているのか、簡単にコードの知識を学びます。

中学3年生が幼稚園児のために制作したアプリ(1)

中学3年生が幼稚園児のために制作したアプリ(2)

これを踏まえて、生徒たちはいよいよアプリ制作へ。といっても、ゼロからアプリを作るのではなく、Monacaのサンプルアプリを使って、幼児が楽しめるアプリを考えます。授業では、「幼児が楽しめるアプリにはどういうものがあるだろう」という問いを考えるところからスタートし、生徒たちは自分の考えやアイデアを絵で書き出します。そして、同じ方向性のアプリを考えた生徒たちでひとつのグループを形成し、協力し合える体制がつくられました。同じ目的を共有した生徒同士でのグルーピングは「対象のためによりよいものを制作することに有効であった」と保坂教諭は述べています。

アプリ開発では最初に、幼児が喜ぶアプリについてアイデアを絵に書いて出していく

どのようなアプリを作るかが決まったら、最終的な構想や計画をワークシートに書き込んでいきます。アプリの制作中は、生徒同士で協力し合って作業ができるよう、制作のポイントやヒントなどを説明したプリントを各グループに配り、教師への質問を減らすといった工夫をされた点なども紹介いただきました。

どのようなアプリを制作するかが決まったら、ワークシートに構想を書き込んでいく

アプリ制作の中で保坂教諭が最も重要視しているポイントは、実際に生徒たちが作ったアプリを幼稚園児に使ってもらい、そこから改善点を考えること。「その変容が見えるように、授業で最初に記入したアプリの流れから改善点について書き足していきます。対象のために、どのような工夫をどのような技術を活用して実現していくのか、生徒自身が根拠をもってよりよい制作をすすめていくことが一番重要だと思っています」と保坂教諭。生徒たちは幼稚園児のために、“ボタンを大きくする”、“出題数を減らす”といった改善点を見つけ出し、さらに幼児が使いやすいアプリについて考えていきます。

どのような改善点が必要か、幼稚園児が使用した前後で違いを比較できるワークシート

このようなアプリ制作に取り組んだ生徒たちは、どのような感想をもっているのでしょうか。保坂教諭は、生徒たちは全体的に好意的な感想が多いといいます。ある生徒は「(サンプルアプリから)写真を自由に変えたりできて面白かった。もっとアプリを作ってみたいと思いました」という感想や、「アプリは利用することはあっても、自分で制作することは無関係だと思っていた。実際に作ることができてよい経験ができた」といった意見が聞かれたようです。保坂教諭は「このような学びを通して、自分のやりたいことに応用できるようになってほしい」と想いを語ってくれました。

また、同教諭は、小学校で行ってきた内容の把握をして中学校の授業に生かしていく必要性や、現状の技術・家庭科の授業は時数が少ないながらも、プログラムが実際に製品に転送され、センサが反応して動作していることがわかる実践の有効性についても述べていました。

ほかにも、会場の参加者らに向けて、自分はどちらかというとアナログな人間でコンピューターがそれほど得意ではないと説明。「プログラミング自体の経験も豊富にあるわけではなかったが、何かを作ることは大好き。コンピューターを使って製品を作ることで製作(制作)の可能性が広がることを感じ,、授業を考えている」と語ってくれました。限られた時間の中でもMonacaを上手く授業に取り入れ、学んだ技術を活用して幼稚園児を喜ばせようと生徒たちが楽しみながら活動している点が印象的な発表となりました。

ユーザーからクリエーターへ。普通科高校でプログラミングを学ぶ意味

続いて登壇していただいたのは、山口県にある野田学園高等学校 情報科 天川勇二教諭です。同教諭は「Why! How!? What!?プログラミング教育~普通高校におけるプログラミング教育の実践事例紹介~」というタイトルで、同校の取り組みを紹介していただきました。

野田学園高等学校 情報科 天川勇二教諭

天川教諭にはプログラミング教育の「Why」「How」「What」について、「Why」の部分からお話いただきました。プログラミングやコンピューターが好きな生徒もいれば、そうでない生徒もいる普通科高校の教科情報において、プログラミングを学ぶ意味は何か。天川教諭は、「ユーザーからクリエーターになる、その発想を持てることだ」といいます。

クリエーターとしての視点や発想を持つことで、ブラックボックス化した仕組みを理解し、情報化社会を生き抜くための適切な価値観やセキュリティを理解することができると天川教諭。また自分のアイデアを試して、すぐにフィードバックを得られるプログラミングは、アウトプット思考になり、“失敗してもいいんだ”というマインドも育つといいます。その結果として、「ワクワクできる心を持ち人間性を育むことにつながる、これが普通科の高校で行うプログラミング教育の価値だ」と天川教諭は説明します。

ユーザーからクリエーターへ。なぜクリエーターがいいのかを天川教諭は説明

では天川教諭は、どのようなプログラミングの授業を行っているのでしょうか。今年取り組んだのは「日常生活に役立つアプリ開発を通して、持続可能な社会について考えよう」というテーマ。日常×アプリをキーワードに、日々の生活を少し便利するアプリ制作に挑戦しようというのです。

授業は「社会と情報」で全15時間かけて実施。その前段階として、プログラミングの概念やソフトの使い方を学ぶために8時間を設けたといいます。導入では最初にアルゴリズムの学習やGlitchを活用したWebページづくりなどを取り入れ、プログラミングの概念を広げました。

天川教諭が実施したプログラミング学習の授業計画

その後、どのようなアプリを作るのか。生徒たちは生活場面や自分の好きなこと、得意なことからアイデアを絞り出し「POV(着眼点)」を考えました。そして、“どうすれば、〜〜できるだろうか”という「HMW(How Might We)」を考えて問題を設定し、アプリ制作で解決すべき課題を絞るというのです。天川教諭は「プログラミングで一番大切なのは、コードを書く前。ここを雑にしてしまうと、その後のモチベーションが上がらない。自分ごととしてプログラミングに取り組めるよう時間をとっている」と授業の意図を説明してくれました。

生徒たちが考えたアプリ制作のPOVとHMW

そして、「Monaca」を活用したアプリ制作へ。生徒たちは「料理のメニューを決めるアプリ」や「筋トレをリマインドするアプリ」などを考案し、制作では試作、評価、再設計を繰り返しながら作業に取り組みました。中間発表では、互いに評価を行うとともに、エンジニアもゲストに招待し、アプリのアドバイスをもらったといいます。天川教諭は「前の思考を消さずに、気づきが生まれるように、生徒が見つけた改善点はカラーペンでプリントに書き込んでいきます」と授業のポイントについても説明しました。最終発表では、Googleフォームを使って相互評価を行い、担任の先生や事務の人、エンジニアなど、さまざまな人を招待していろいろな人からコメントをもらう場も作りました。

アプリ制作では、自分で見つけた改善点をプリントにカラーペンで書き込んでいく

生徒が「Monaca」を活用して作成した料理のメニューを決めるアプリ

天川教諭は普通科高校のプログラミング教育ついて、現場では、何のツール使えば良いかが気になる部分ではあるが、「Monacaも良いし、学習者や学校の環境に合わせて、使いやすいものを使うのが一番良い」と語りました。また現在は、生徒の実態と授業時数に合わせた課題設定が自身の課題であるとともに、今後は教科内に縛られず、「情報×アート」や「情報×スポーツ」などに広げていきたいという抱負も言及。生徒たちがユーザーからクリエーターにマインドチェンジできることがプログラミング教育の核心であることを再認識する発表でした。

高校のプログラミング教育は“課題解決で社会とつながる”が重要 〜プログラミング教育実践事例研究会(2)〜