組織や学校種別をこえて、ともに次の10年をつくる ~「プログラミング教育実践事例研究会2020夏」レポートVol.1~

2020年度の小学校に始まり、2021年度には中学校、そしていよいよ2022年度から高校での必履修化が始まるプログラミング教育。迫る「プログラミング教育元年」に向け、教育現場ではどのような動きや備えが必要なのでしょうか?

そこでアシアル情報教育研究所では8月22日(土)14:00~17:00、「プログラミング教育実践事例研究会」を開催。先行してプログラミング教育に取り組んでおられるフロントランナーの先生方をお招きし、事例をご発表いただきました。

新型コロナウイルスの影響により、全国的にも多くのセミナーや研修が中止・延期を余儀なくされる中、当研究会も「Zoom」を用いたオンライン開催に。しかし、全国から多くの教育関係者がご参加くださるなど、その関心の高さや熱量が伝わる実り多き3時間となりました。

「誰でも日常にイノベーションを起こせる未来」を目前にして

アシアル情報教育研究所の「プログラミングをもっと身近に」というミッションの下、「誰でも日常にイノベーションを起こせる未来」をつくるため日々活動を行っています。挨拶に立った所長・岡本雄樹も「教育における利活用を、先生方と『一緒に』考えていきたい」と強調します。

今回の必履修化における文科省の指針では、小学校でプログラミング的思考を、中学校で本格的プログラミングと双方向性のあるコンテンツの学習を、高校では新科目「情報Ⅰ」「情報Ⅱ」が設置され、より具体的なネットワークやプログラミング,さらにデータサイエンスへと、段階的に内容を高度化していく計画が示されています。

この指針はまさに、プログラミングが一部の理系人材だけが持つ特殊技能ではなくなることを意味しています。プログラミングはもっと身近な道具となり、誰もが社会にインパクトを与えられる未来がそこまで来ています。

当研究会の開催も、岡本の言葉も、共にそうした未来を作っていきたいという想いを形にしたもの。冒頭では、これらの理念を反映した「Monaca Educatuion」の新機能や、プログラミング教育用サンプルアプリ教材サイト「あんこエデュケーション」、アシアルが支援する和歌山県の包括的取り組み「きのくにICT教育」の紹介などが行われました。

アシアル情報教育研究所 所長・岡本雄樹

「オモシロイを形に」――コロナの今こそ、情報・技術教育の出番

「オモシロイ、を形にしたいんです」――そんな第一声から基調講演に登壇したのは、一般社団法人日本産業技術教育学会会長である村松浩幸信州大学教育学部。教材開発から知財・特許まで取り扱い、歴史あるロボットコンテスト『高専ロボコン』の審査委員長も務める、技術教育学の第一人者です。

一般社団法人日本産業技術教育学会会長・村松浩幸教授

講演タイトルは「中学校の技術教育が面白い 情報の技術に関する中学校実践の最新情報」。まさしく、「オモシロイを形に」する学びがテーマ。村松教授は、コロナ禍による参加者らの労をねぎらう言葉をかけつつ、言葉に熱を込め直してこう切り出します。「みなさん。コロナの今こそ、情報技術教育の出番ではないですか?」。

中教審は、学習指導要領に対する答申で「予測困難な社会の変化に主体的に関わり、(中略)どのように社会や人生をよりよいものにしていくのか」と述べていますが、「まさに今じゃないですか!」と村松教授。未曾有のパンデミックへの対応に、世界中の誰も正解を持っていない今こそ、情報・技術教育を活かすときではないかと、強く問いかけました。

コロナの今こそ、情報・技術教育の出番!

遅れが目立つ、情報・技術教育の現状

力強いメッセージを受け止め気持ちを引き締めたところで、さあここからが本題です。村松教授は、憂いをにじませながら中学校技術・家庭科における技術科教育(技術教育)の現在地を解説します。「技術・家庭科の年間授業時数って、実は35~70時間しかないのです(学年による)。この限られた時間で「A.材料と加工」「B.生物育成」「C.エネルギー変換」「D.情報」という四つの技術を学びます」。英・数・国のそれが最大140時間であることと比べても、半分以下の少なさです。

さらに諸外国との比較でも、大きく遅れを取っているのが現状。技術科目(特に情報技術)は、直接的にテクノロジーを学べる貴重な時間ですが、イギリスやアメリカ(州による)では、小学校入学から高校卒業までしっかり履修するそう。これまで、中学校の実質3年間しかなかった日本との差は歴然です。B・ゲイツ、S・ジョブズ、M・ザッカーバーグ、L・ペイジ……「テクノロジーを駆使して世界に新しい価値をもたらす、彼らのようなイノベーターはなぜ日本から生まれないのか」という声は多いですが、こうした教育環境も影響しているのかもしれません。

世界各国の技術教育の現状と日本との比較

「問題を解決するための技術」「教養としての技術」という視点へ

そんな課題を含みながらも、今回のプログラミング必履修化に見られるように、技術教育の意義は「大きく変遷している」と村松教授。かつての職業教育としての位置付けだった時代から、近代技術、生活技術へと移り変わり、いよいよ「教養としての技術」の時代に入ったと言います。まさしく「誰もがイノベーションを起こせる時代」が訪れつつあることを意味していると言えるでしょう。

特に情報・技術教育においては、内容も大きく変化している模様。新学習指導要領でも、技術を通じた「問題や課題の発見・解決」という言葉や、理数系探究学習との連携が躍るようになっています。「改定の要点は、既存のシステムを開発するにとどまらず、問題を解決するために,例えば,どのようなセンサやアクチュエータ(プログラミングされた情報を実際の物理的動作に置き換えること、あるいはその装置)が必要なのかを発想し、活用できる力を育てることです」と村松教授。

キーワードは「最適化」と「再構成」。情報技術を、生活・社会における事象と関連付けて考え、さまざまに置き換えて応用できる力だと言えそうです。

情報技術教育における近年の変遷

新学習指導要領における、技術分野改定の要点を新旧比較

実生活と結びつけながら、体験的に情報技術の楽しさに触れる

では、こうした力を小~中~高と段階的に育てていく構想において、中学校の技術教育はどのような視点で動かしていくのでしょうか。先述したように、技術教育はA~Dの四つのカテゴリに分類されていますが、特にここでは、プログラミング学習と直結する「D.情報の技術」について、村松教授の解説を聞いてみましょう。

「『D.情報の技術』は、D(1)~(4)に大別されます。まずD(1)は、イントロ的な要素です。生活や社会を支える情報技術や、それが持つ役割や影響に対する興味・関心を養います。D(2)はいわゆるネットワーク系の学習です。問題解決の視点から、目的に合ったプログラミング言語の選択などを身につけます。これを発展させD(3)では、生活上の身近な問題解決や利便性向上について考えたり、それを解決する計測・制御システムの設計・製作などに取り組んだりします。D(4)はまとめと応用です」。

技術教育の分野で目指す方向性を示した、資質・能力系統表

これをふまえ、村松教授が代表理事を務める(一社)日本産業技術教育学会が文科省と協力して調査している「中学校の技術・家庭科(技術分野)におけるプログラミング教育推進のための実践事例等に関する調査研究」から、その具体的な実践事例を見てみます。

実践事例の一例。WEBサイトではさらに詳細が確認できる

※文部科学省:中学校技術・家庭科(技術分野)内容「D 情報の技術」におけるプログラミング教育実践事例集

「例えばD(1)では『お掃除ロボットに込められたプログラミングの工夫をシミュレーションで探ろう』という取り組みがあります。あのロボットの動きは、内部でどのようなプログラム的処理が行われているんだろう? という謎をシミュレートしてみるんです。これがけっこう面白いんですね。(ソフトウェアやハードウェアの動作を観察・解析することで、逆算的に内部構造や原理を調査する)リバースエンジニアリングみたいなことをしているわけです」。

お掃除ロボット内部の仕組みをシミュレーションする授業のようす

ワークシートを作成し「開発者の意図を読み取る」ところまで行う

さらに、コンビニのPOSシステムに挑戦するという事例も。「例えば『10代の女性』『50代の男性』という設定に沿って、その顧客層になり切って(仮想の)買い物をしてもらいます。次に、コンビニオーナーになったつもりで、その属性に応じて何を重点的に販売するかを子どもたちがPOSにプログラミングするんです。Amazonのリコメンド機能のようなものだと考えると分かりやすいでしょう」。

コンビニ会員(ポイント)カードには、顧客の性別や年齢などさまざまな情報が紐づけられており、そこから消費動向を収集・分析しています。「すると、なぜコンビニではやたらとポイントカード作成を勧めてくるのか、生徒らも気付くんですね。先ほどのお掃除ロボットもそうですが、システムの中身を体験的に学ぶことができるんです」と村松教授。

コンビニPOSの仕組みを知り、顧客に最適化した商品を販売促進

身近な問題解決への着想

D(2)においても、体験的に学べる取り組みを重視しています。AI画像認識技術を用いた事例を教えていただきましょう。

「今Scratchでも、画像認識や音声認識の拡張性能が使えるようになっています。ただ、単に画像認識で遊ぶのでなく、この技術を使って社会の問題を解決しよう!という取り組みです。例えば生徒作品の例では,カメラで読み取った植物が何かを判別するプログラムが挙げられます。これを応用して『食糧問題の解決ができるんじゃないか?』というアイデアに繋げていくんです」。

さらに、JavaScriptで地図に文字やリンクを表示する技術を用いて、避難所の案内など防災情報に繋げるという事例や、「小学生に中学校の生活を紹介する」チャットボットの開発事例も。村松教授も、こうした発想の芽を「素晴らしい」と絶賛します。

画像認識技術を食糧問題解決に繋げた、生徒のワークシート

地図上に文字やリンクを表示し、情報提供を行う

D(3)になると、さらに具体的な問題解決に切り込んでいきます。ロボットカーと連動して、車が来ると建物のドアが自動開閉する技術や、レゴブロックで義手を開発する事例が紹介されました。D(4)は調査対象外のため詳細な事例データはないものの、「誰のためにどんな問題を解決するか」という視点を伸ばし、最前線のプロからフィードバックなどももらいながら、さらに発展的に社会における情報技術の活用や運用を考えます。

これからのプログラミング教育のため、産官学が手を取り合って

一通りの事例を紹介し終えたのち、村松教授は改めてこう訴えました。「言語ツールもさることながら、大事なのは問題解決なんです」。文科省の資料からも、小中高、常に何らかの問題解決に紐づけて学ぼうという意図が読み取れます。

学びが常に問題解決へと結びついていく

一方で、全国1,200校を対象にした実態調査からは、いくつか課題も見えてきました。アンケートには、環境や資料の不足、そしてやはり限られた時数の中で授業展開していく難しさに関する声が多く寄せられています。

加えて、マンパワーの不足。「実は、中学校の免許外担任の数は、ほとんどを技術・家庭科が占めています」と明かす村松教授。専門外の人材が教えなければならない実情に、強い危惧を示します。全体的に、授業実践としては面白い取り組みが多数行われているものの、それを支える環境面に多くの課題を残していると言えそうです。

免許外(専門外)の教員が教えている教科の現状。技術・家庭科が圧倒的に多い

まとめ。今後への明るい希望の一方で、課題も混在する

こうした課題をふまえ、今後に向けてこう提言する村松教授。「実践研究を推進しつつ、次の10年を見据えた技術教育のフレームワークを作る必要があります。そのためにも、アシアルさんはじめ、学外の関係団体との連携は欠かせません」。

それは図らずも、冒頭で所長・岡本雄樹が述べた「先生方と『一緒に』考えていきたい」というメッセージと一致する想い。これからのプログラミング教育、そして何より子どもたちとより良き社会のために、組織や学校種別の垣根をこえて新たな視点とわくわく感を持って連携していこう――そんな決意を新たにしてくれる講演となりました。