2022 年 情報科が変わる ―今できる準備を考える― ~セミナーレポートVol.5 「パネルディスカッション」~

最後は東京工業大学・赤堀侃司名誉教授のコーディネートのもと、講演に登壇された4 人
の先生方によるパネルディスカッション。セミナー参加者の皆さんからいただいた質問も
交え、忌憚なき熱い意見を交わし合いました。
※当セミナーは、大学入試への「情報」導入に関する正式発表(2021/3/24)前に開催されております。各講演者のコメ
ントはその前提となっていることをご了承ください。

理想と現実のギャップをいかに埋めるか

赤堀:新指導要領で示された「理想としての」情報教育。しかし現状は、教員数や指導スキ
ルなど、多くのギャップがあると分かりました。これをいかに埋めていくか、先生方のご意
見を。

榎本:実は、今回の情報教育改革の大筋を作られた堀田龍也先生に、「この内容は難しすぎ
ませんか」と聞いたことがあるんです。すると先生はこうおっしゃいました。「現状の先生
のレベルに沿ってしまうと、それに合わせて推移してしまう」と。

中山:「社会と情報」「情報の科学」のうち、情報の科学を教えている先生が約2 割。これ、
情報科専任の先生の数である2 割という数字と、見事に一致するんです。専任の先生方はお
そらく、情報の科学(レベルのこと)を教えるべきだというお考えなんでしょうね。

千石:このくらいのレベルの高さにしておかないと、社会との接続性という意味では難しい
んだろうなと思います。そうなると頑張らないといけないのは、まず小中学校かなと。やは
りブロックプログラミングができる程度までは持っていって、高校へ送り出したいところ
です。

榎本:これまでも、中学校でプログラミングを教えていなかったわけではありません。ただ
高校生の現状を見る限り、申し訳ないんですが「本当に教えたの?」というレベルです。す
ると高校で学び直しということになりますが、それでは間に合わないでしょう。結局、高校
は指導要領に書かれているとおりにやるしかない……んですよね、松原先生(笑)?

松原:出身中学校によって生徒の情報教育習熟度に大きく開きがある中で、それに対応した
授業を組むのは困難です。高校情報科の教員としては研鑽を積みたいと考えていても、もっ
と情報科教員の数が増えないと、レベルアップのための横の繋がりを作ることも難しいと
危惧しています。

コーディネーターの東京工業大学名誉教授 赤堀侃司先生

限られた授業コマ数では、入試対策一色になるのではないか

赤堀:続いて参加者のみなさんから質問を取り上げてみます。「単位数2しかない授業(=情報)が、本当に大学入試に相応しいのか疑問だ。結局、ひたすら過去問を解かせるような授業になってしまわないか」。いかがですか?

中山:試作問題の構成は、あくまで指導要領の範囲内でした。決して無理な出題をしているのではないことは理解いただきたいですね。

榎本:入試対策として過去問ばかりやっていても、むしろ解けないでしょうね。逆に言えば、情報Ⅰの内容を咀嚼さえできていれば解ける問題だと思います。

聖心女子大学非常勤講師 榎本竜二先生

特定非営利活動法人「みんなのコード」学校支援部 千石一朗先生

年間の授業プログラムは? 一人で教えるのは難しいのでは?

赤堀:松原先生への質問です。「年間の授業プログラムを組むとき、どの学習をどのくらい割り当てていますか? プログラミングを○時間、WordやExcelを○時間、という感じでしょうか?」

松原:プログラミングは、時間にして11~12時間。全体の1/4ほどです。Excelを用いてデータ分析するのに10時間弱、残りは基本的に座学(知識学習)ですね。ただExcelなど、オフィスソフトの操作習得を主眼においた授業はあまりやりません。あくまで「データ分析に必要だからその機能の使い方だけ指導する」前提で時間を捻出しています。ただ、やはりサポート人員がいてくれるとありがたいのは事実です。

私立成城中学校・成城高等学校 情報科・数学科 松原圭太先生

指導要領に掲げた高い理念は、絵に描いた餅?

赤堀:「(他教科との)兼務教員の負担軽減を考えないと、指導要領の理念は絵に描いた餅になりかねない。目標を高くしさえすれば、それに合わせて情報教育のレベルが上がるといった考えは、短絡的ではないか」

中山:情報Ⅰ・Ⅱの導入も、大学入試への採用検討も、2016年3月には分かっていたことです。その準備を先送りしてきた地域が「絵に描いた餅だ」と言うのは違うと思います。ただ幸い、傾向として教員が増える方向に向かっている期待感は持てます。

赤堀:実はこのセミナーに文科省の鹿野利春先生が参加しておられます。鹿野先生、突然で申し訳ありませんが、現在の教員採用の状況についてご意見をいただけませんでしょうか。

鹿野:文科省としては、採用だけでなく「配置」も大切にするよう各都道府県に通知しています。例えば、情報科の教員が一定の学校に集中するような配置にしないでください、という内容です。ほか、異なる学校での指導を兼任する「複数校指導」や、外部人材の導入に関する手引きを作成中です。

電気通信大学大学院情報理工学研究科教授・中山泰一先生

大学での情報教育レベルも、比例して上がるのか

赤堀:「新指導要領の内容は、これまで大学で学んでいたレベルという印象だ。すると、今後の大学での情報教育はどうなるのか」。

中山:東大でさえ、高校の「情報の科学」にあたる内容を初年次科目で学び直しているのが現実です。ここで大学入試に情報が導入されることで、生徒たちは一定の勉強をする必要が出てきます。そこまで行ってようやく、大学は初年次教育のスタートラインに立てるという状態です。

保守本流の基礎から、愚直に

赤堀:みなさんありがとうございました。では最後に、一人ずつ感想や所感を。

千石:やはりまずは小中学校が頑張って、高校でちゃんと情報Ⅰと教えらえるところまで持っていけるようにしたいです。

中山:ぜひお伝えしたいのは、大学入試への導入について「皆さんが思っておられるほど、恐れるようなものではないですよ」ということです。普通にネットワークやプログラミングの勉強・実習をやってくれば解けるような問題ですから。

榎本:例えば話題のAIも、実はその基礎技術ってずいぶん前からあるものなんですね。ですから必ずしも、「新しいこと=ゼロから教える」ではないんです。指導要領に記載されている内容を、記載されている通りにやることが基本だと思います。

松原:これからもみなさんと繋がって、情報交換していきたいですね。

赤堀:確かに、理想と現実のギャップはあるでしょう。それでも、保守本流の基礎からちゃんとやって、情報活用能力を身に付けていくこと。それが小学校から高校まで一貫した情報教育の流れであるはずです。非常に素晴らしいディスカッションをありがとうございました。