組織や学校種別をこえて、ともに次の10年を創る ~「プログラミング教育実践事例研究会2020夏」レポートVol.3~

続いて登壇したのは、同志社中学校・高等学校(京都府)の鈴木潤教諭。

同校特有の選択授業「情報特論」を新設し、当初はロボットプログラミングなどに取り組んでいました。ところがうまくいかず、悩みに悩んだ末、年度途中で抜本的な学習内容の変更に踏み切ります。事例報告のテーマは「高校生が授業でスマホアプリ制作」。どのようないきさつでここにたどり着いたのか、耳を傾けてみましょう。

肝いりで始めた「情報特論」でプログラミングを

祇園囃子の演奏ロボットを作るなど、学生時代からプログラミングに強い関心を抱いていた鈴木教諭。大学での専攻も技術科の教員養成課程で、「先ほどの村松教授の話を伺っていて、私自身もわくわくしました」と笑います。

鈴木教諭の同志社中学校・高等学校は、建学以来「自由主義」を貫く私学。「コース制もなければ、制服もなく、校則らしい校則もありません。基本的に、生徒が自分で考えなさいというスタンスなんです」(鈴木教諭)。そんな自由さはカリキュラムにも表れており、その一つが、高3の自由選択科目群の中に設置された「特論」です。

「特論」は、生徒たちが自分の興味関心に基づいて選択する探究系の授業。このうちの「情報特論」において、プログラムやアルゴリズム、データベース活用に取り組みます。実はこの「情報特論」、鈴木教諭たっての願いで2014年度から新設されたのだそう。それだけに、その実践にも強い想いがありました。

同志社中学校・高等学校 鈴木潤教諭

ロボットが動かない、原因も分からない

ところが、その船出は苦難続き。生徒たちに「自分で作った(プログラミングした)ものが動く楽しさを知って欲しい」と、ロボット製作の教材などを利用していましたが、生徒たちの知識・経験不足もあってうまくいきません。シミュレータどおりに動かない、その原因さえ特定できないといったトラブルの連続で、「もうこれだけで拒否反応を示す生徒もいて。どうしたものかと本当に頭を抱えていました」と振り返ります。

そこで鈴木教諭は原点に還り、生徒たちに「何が作りたい?」とストレートに尋ねてみました。すると「スマホアプリを作りたい!」という声が次々に返ってきます。そんな中でMonacaと出会い意を決した鈴木教諭。年度の途中で大幅に授業内容を変えるという、大胆な路線変更を行ったのです。

「Monacaを選んだ理由で大きかったのは、生徒が自分のスマホでアプリを動作させられること。生徒たちに実演して見せたところ、それだけでも『おお~っ!』と驚いてくれて」と頬をゆるめる鈴木教諭。

さらにもう一つの狙いがありました。「本校でも、スマホゲームに夢中になっている生徒は多いです。そんな必死に課金までしてパラメータが変わるだけのゲームが、本当に面白いのかと。実際に作って体感して欲しいなと」。

確かに、ゲーム内でキャラクターが強くなったり、レアなアイテムをゲットしたりというのは、プログラム上は単なる文字列の変化。たかがそれだけのことに一喜一憂してゲームに「遊ばれる」のか、自分が「遊ばせる」側になるのか。プログラミングで社会に新しい価値を生み出すイノベーションは、この視点の転換から始まるのかもしれません。

鈴木教諭の語る「Monaca導入のねらい」

つまらないと思わせない、置いていかない

生まれ変わった「情報特論」では、1学期と2学期にそれぞれ20回程度の授業が組まれています。卒業間近の高3生が対象ということもあり、3学期は4回のみです。このうち1学期では、20回のうち15回前後はJavaScriptの、残りはSQL(データベース)の学習です。

「情報特論」スケジュール

各回の授業は、プリントの指示に従って(特定のテキストは不使用)その日の課題に挑戦し、自分でコードを書きます。内容は「『身長170cn、体重50kgとして、あなたのBMIは17.3です』と計算して表示するプログラムを作りなさい」といったもの。一からコードを書き起こす場合もあれば、虫食いのように該当箇所を穴埋めする場合も。

ここで鈴木教諭が意識しているのは「1日1ファイル」だと言います。「やむを得ず授業や学校を休む子もいますし、その日の授業で「前回の続き」という状態を極力なくすようにしています。各回の内容が、1回の授業で完結するように」。進度に遅れが生じた生徒でも、先に今日の授業(課題)に取り組んでおいて、後から振り返りをしたり、友達に聞いて追いついたりできるような環境を作っているのです。

「最後に、Office365を使って進捗をフォームに入力します。性格的に、授業中の積極的な質問が苦手な生徒もいます。今日、何ができたのか、できなかったのかを記入し、こちらからもフィードバックします。2学期になると、個人作業となって内容もバラバラになりますので、特に重要です」。ロボットプログラミングでの反省をふまえてか、「生徒に、プログラミングがつまらないと思わせない」「落ちこぼれさせない」ことに工夫を凝らしていることが伺えます。

作業報告フォーム。これを用いて、進捗や理解度を確認する

ペーパーテストと、アプリの完成度で成績評価

また、情報特論では試験もあれば成績もつきます。試験は、アプリ作成を行う2学期と授業回数の少ない3学期は行わず、1学期のみ。「試験のパターンは基本的に2種類のみです。ソースコードを読んで、実行結果を書く。その逆で実行結果からソースコードを書き起こす、のウラオモテです」。

試験は2パターン。コードから結果を考えるものと、結果からコードを書くもの

2学期に入ると、ここまでの学びを活かしていよいよアプリ作成です。「生徒一人ごとに、一つのアプリを完成させることを目的としています」と鈴木教諭。先述の星林高校におけるグループワークとはまた違った、「一人1プロジェクト」のアプローチです。

「流れとしては、フォームで質問を受け付けながらアドバイスをしていき、各自がアプリの完成を目指します。2学期はテストをしませんので、完成した作品(アプリ)で評価をすることになりますが、基準はまず『正しく動くこと』。これが最優先です。その上で操作性やロジックの巧妙さ、内容の充実度などを加味していきます」。当初は「新規性」、すなわち斬新な発想やユニークさも評価基準としていましたが、アプリが増えた今はこれを求めるのは難しいようで、現在は見直しをしているとのこと。

成績は10段階評価で行いますが、それぞれの評価基準を明確にし、もし根拠を尋ねられても答えられるようにしている鈴木教諭。一般の教科学習のように、単純な数値評価だけで示しにくい部分もあるだけに、こうした取り組みも大きなヒントになりそうです。

作成したアプリの評価観点

ここで得たものを「情報Ⅰ」へのナレッジにしたい

では、実際に生徒たちはどんなアプリを生み出したのでしょう。シンプルなものであれば、電卓やクイズゲーム。あるいはビンゴカードやシューティングゲーム。所属するラクロス部のスコアブックアプリを開発した生徒もいました。

生徒が作ったシューティングゲームアプリ。リンク先からは他の作品も含め、実際に使ってみることもできる

鈴木教諭はこう手応えを語ります。「電卓だったら簡単にできるだろうと思っていたら、作ってみると意外と難しいとか。逆に、いつも自分が遊んでいるゲームは、画像(絵)は豪華だけど、プログラム自体は単純だぞ、とか。自分がプログラマーにならなくても、プログラムを通じて作られるモノの『構造』が分かるだけでも、ものの見方が変わります」。

今後の課題は、デバッグを自力でできるようにすることだ、と鈴木教諭。生徒がぶつかるミスやトラブルの種類が出し切れておらず、まずはその事例を蓄積していくことを目指します。そして、そのナレッジを新設される「情報Ⅰ」の取り組みに下ろしていきたい、と「プログラミング教育の明日」を語ってくれました。

「失敗は発明の母」という言葉があります。鈴木教諭ら先駆者の数え切れぬトライ&エラーが、明日のプログラミング教育の地平線を切り拓いてくれているのでしょう。私たちもそれに続かねばなりません。

未来を見据えた強い意志が見える、鈴木教諭のまとめ